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アーカイブズ

 2004年10月以降の活動記録を掲載します。最も新しい活動が、この下にあります。

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Writer: 日本語教育史研究会日本語教育史研究会

12:30~12:35 挨拶

小川誉子美(横浜国立大学・日本語教育史研究会会長)

12:35~13:05 研究発表1

植民地期台湾における仮名遣いをめぐって―『全国小学児童綴方展覧会』採録「綴方」に見える四つ仮名の問題を含む語を中心に―

上出 大河(國學院大學大学院生)

 本発表で調査対象とするのは、植民地期台湾における「綴方」に見える四つ仮名の問題に関わる語句である。剰余的な仮名をどのように用いるのかという日本語母語話者にも混乱を生じさせかねない問題を植民地期台湾における児童がどのように処理していたのか、という点から植民地期台湾における言語状況の一端を探ることとしたい。また、内地系児童と本島系児童の差異についても言及する。


13:05~13:35 研究発表2

「満洲国中央師道訓練所による教員養成―1939 年『日本旅行報告』を中心に

祝 利(北九州市立大学)

 中央師道訓練所は1932年8月に新京で開かれた「教員講習会」から改組され、満洲国教員の思想を統一し、日本語教員を養成する組織である。漢・蒙などの各民族の中堅教員に対する再教育を実施すると同時、1938年より日本人教員の養成も担うようになった。中央師道訓練所の教育内容としては建国精神、満洲国に関する知識、専門知識のほか、訓練終了前に実施された満洲や日本への旅行も挙げられる。本研究では、1939年に実施された日本旅行の参加者により書かれた報告書についての分析を通して、日本旅行の内実を考察し、そのうえで、中央師道訓練所による旅行の意味を検討してみる。


13:35~14:05 研究発表3

戦前期カリフォルニア州の日本語学校が日系コミュニティに果たした役割―金門学園を事例に

森本 豊富(早稲田大学)

 戦前期の米国カリフォルニア州における代表的な日系二世教育機関であり、現在もサンフランシスコに存続している日本語学校「金門学園」を事例に、1900年代初頭の東洋人学童隔離学校問題などの時代背景を踏まえながら、同学園の設立経緯、教授内容、教科書、演芸会・運動会などの年中行事等に関する記録を議事録、学園報、邦字新聞記事などの1次資料を手がかりに分析し、日本語学校が日系コミュニティに果たした多機能的な役割について考察する。


14:05~14:35 萌芽的研究発表1

シンガポールにおける日本語教育 ―国策としての言語教育を背景として―

川橋 葉子(横浜国立大学大学院生)

 多言語国家シンガポールでは様々な教育政策や言語政策がとられているが、第二次世界大戦後の日本語教育も、1960年代の日本政府によるコロンボ計画、血債協定を背景にシンガポール政府主導で行われた。その一環で、中、高校生を対象とした第3言語としての日本語教育も行われている。現地の公文書館所蔵資料や国立図書館所蔵資料である新聞調査にふれ、60年代から現在までの通時的展開をふまえ、今後の展望についても述べる。


14:35~15:05 萌芽的研究発表2

ポーランドに渡り日本語教師をした画家、歌川若菜について

土屋 仁美(横浜国立大学大学院生)

 19世紀半ばからパリを中心にジャポニズムが隆盛した。その頃多くの邦人が渡欧したが、1908年に渡英し8年ほど外遊した、歌川若菜(祖父は歌川豊国の門人、国久)という日本画家がいた。当時の国内外の新聞雑誌、日本美術蒐集家への書簡、本人のエッセイ等から欧州や米国で揮毫活動、ポーランドでは日本語教師を経験したという。ワルシャワ大学の日本語教育開始1919年以前、当地での日本語教育活動の存在として歌川若菜をご紹介したい。


15:05~15:35 萌芽的研究発表3

中華民国新民会日本語教授法指導書の一考察

中村 重穂

 日中戦争期華北占領地で活動した「教化団体」中華民国新民会に於いて日本語教育を担当した熊野逸馬が著した日本語教授法指導書『日本語と日本語教授法概要』を分析し、その内容あるいは記述の源泉を探る。また刊行時期・形態を他の著作や宣撫班編纂教科書『日本語会話読本』と比較検討することを通して当該指導書の性格の解明を試み、さらに可能であれば華北占領地日本語教育の(一部の)状況について仮説を提示する。

15:35~15:40 休憩

15:40~16:30 ライトニングトーク

◆趣旨説明  ライトニングトーク(Lightning Talks)とは、工学系学会やフォーラムなどで行われている短いプレゼンテーション(持ち時間5分)のことです。「こんな資料(資料館)を見つけました。」「最近こんな論文を読みました(書きました)。」「〇〇(地域・時代等)の日本語教育の歴史、面白いですよ。」「研究に役立ちそうなアプリ見つけました。」など、ざっくばらんに情報交換・意見交換をする場です。

◆登壇者及び発表題目


15:40~15:45

磯 太恵子(カイロ大学)

「エジプトにおいての日本語教育史–現状の問題点からの提案―」

15:45~15:50

後藤 加奈子(リエージュ大学)

「19世紀末日本における日・英・仏言語接触の実態とは?-開港から条約改正まで」

15:50~15:55

曽 湉恬(横浜国立大学大学院生)

「日清戦争以降の中国福建省の厦門における日本語教育の変遷ーグローバリゼーションの視点から厦門の日本語教育をみるー」

15:55~16:00

中村 重穂

「伊藤孝行編『近代日本語教科書語彙索引』へのささやかな補足」

16:00~16:30

◆ブレイクアウトルームでの意見交換

16:30~17:00 総会

総会の後にZoomによる懇親会を予定しています。

ご参加希望の方は研究発表会のZoomにそのままご参加ください。

お問い合わせは nihongokyoikushikenkyukai(at)gmail.com まで

※(at)は@に置き換えてください。

以上

 
Writer: 日本語教育史研究会日本語教育史研究会

12:30~12:35 挨拶

小川 誉子美(横浜国立大学・日本語教育史研究会会長)

12:35~13:05 萌芽的研究発表1

社会基盤学専攻における日本語教育史 東平 福美(東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻日本語教室)


 東京大学工学系研究科社会基盤学専攻日本語教室は、1982年より外国人留学生へ日本語教育を開始して今年で 40年を迎える。教室の理念である、「1.日常生活へのサポートと人的つながりへの促進」、「2.社会基盤学という専門分野における日本語の必要性」、「3.日本社会への定着支援」を目指し、日本語教室と専攻、そしてホストファミリーや卒業生が一丸となって繋いできた歴史がある。本発表では、これまでの 40年間の実践を振り返りつつ、ただ日本語や日本文化を学ぶだけではない日本語教室の役割と、留学生が一堂に会する重要性について考察する。

13:05~13:35 萌芽的研究発表2

「1930年代にアズハル大学で行われた日本語教育」に関する一考察 會田 篤敬(山梨大学)

 発表者は、「1930年代にアズハル大学で行われた日本語教育」に関して、日本アラブ関係国際共同研究国内委員会が作成した「日本とアラブ-思い出の記-(その1)」(1980)、「日本とアラブ-思い出の記-(その2)」(1981)、「日本とアラブ-思い出の記-(その3)」(1982)を用いて調査した。本発表では、上記の調査の結果と「本邦国語関係雑件第一巻18『エジプトニ於ケル日本語関係』」(1936)の内容を統合的に分析した結果に関して述べる。

13:35~14:05 萌芽的研究発表3

岡本千万太郎の日本語教科書と日本語学 岡田 誠(國學院大学兼任講師・大東文化大学非常勤講師)

 「日本語教育史参考文献-論文編-」3916点について、新たな時代区分と分野的なラベリングを試みた。ラベリング作業を通して、日本語教育史の問題点が浮かび上がってきた。戦後の日本語教育は、国語教育との違い、確立時代、各分野を取り込む時代へ。日本語教育史も同じ歩みをしているが、取り込む時代に教育史がついていないことが見えてくる。日本語教育史は取り込んだ分野をどのように位置づけるのか。日本語教育史に課せられているその作業の必要性について述べたい。

14:05~14:45 研究発表1

日本語教育史参考文献-論文編-から見る日本語教育史の問題点 泉 史生(委託日本語教師養成講座講師(フリーランス))

「日本語教育史参考文献-論文編-」3916点について、新たな時代区分と分野的なラベリングを試みた。ラベリング作業を通して、日本語教育史の問題点が浮かび上がってきた。戦後の日本語教育は、国語教育との違い、確立時代、各分野を取り込む時代へ。日本語教育史も同じ歩みをしているが、取り込む時代に教育史がついていないことが見えてくる。日本語教育史は取り込んだ分野をどのように位置づけるのか。日本語教育史に課せられているその作業の必要性について述べたい。

14:45~15:25 研究発表2

冷戦時代の「交換制度」と日本人講師の系譜-レニングラード大学と大阪外国語大学の場合- 小川 誉子美(横浜国立大学)

 ソ連時代の日本研究は、帝政時代の遺産を引き継ぎ大きく進展した。本発表では、日本研究者を多数輩出した旧レニングラード大学を例に、日ソ関係を背景とした人材育成という視点から、日本語研究の展開や日本人講師の系譜をたどる。特に、冷戦時代に、旧大阪外国語大学ロシア語学科が20年に及び教員を派遣した史実に着目し、当地の日本語教育と日本の大学との関わりについて論じる。


15:25~15:35 休憩

15:35~16:30 ライトニングトーク

◆趣旨説明  ライトニングトーク(Lightning Talks)とは、工学系学会やフォーラムなどで行われている短いプレゼンテーション(持ち時間5分)のことです。「こんな資料(資料館)を見つけました。」「最近こんな論文を読みました(書きました)。」「〇〇(地域・時代等)の日本語教育の歴史、面白いですよ。」「研究に役立ちそうなアプリ見つけました。」など、ざっくばらんに情報交換・意見交換をする場です。

◆登壇者及び発表題目

15:35~15:40

「シンガポール教育省語学センター(1978年設立)における日本語教育の意義と社会的背景」

川橋 葉子(横浜国立大学大学院生)

15:40~15:45

「タタールスタン共和国の日本語教育とそれによってもたらされた教師と学生の新たな人生観ー1998年~2010年を中心にー」 神代 寿美枝(横浜国立大学大学院生)

15:45~15:50

「ポーランド人美術蒐集家フェリクス・マンガ・ヤェシンスキー(1861-1929)と日本語知識」 土屋 仁美(横浜国立大学大学院生)

15:50~15:55

「『近代日本語教科書語彙索引』の製作過程」 伊藤 孝行(北海道大学)

15:55~16:00

「ハワイ大学の日本語教育史関連資料」 川上 尚恵(神戸大学)

◆ブレイクアウトルームでの意見交換 16:00~16:30

16:30~17:00 総会

 
Writer: 日本語教育史研究会日本語教育史研究会

挨拶 13:00〜

小川誉子美

萌芽的研究発表 13:05~

今井千絵:モンゴルにおける日本留学動機の変遷と日本語教育の関わり(*資料あり)


張越:「満鉄」付属地における日本語教育の特殊性(*資料あり)


會田篤敬:「1930 年代のエジプトにおける日本語教育の実態」の一考察  

神代寿美枝・アリーナ・ハリウリナ:タタールスタン共和国における日本語教育の変遷

ラウンドテーブル「日本語教育史研究の進め方」15:10~

登壇者:

酒井順一郎:「教育史研究の前提と現状‐国際・学際的視点から‐」

嶋津拓:「既存資料を日本語教育史研究の観点から読む-三島由紀夫『豊饒の海』の創作ノートについて-」

清水知子:「日本語教育史研究のきっかけを振り返る」

合津美穂:「私の台湾日本語教育史研究」

討論者:

川上尚恵

竹口智之

総会 16:30~

 

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